はっと気づけば、6月!!!
え??
6月???6月はTulsiのお誕生日ではないか。
今年でサロンを始めて6年目。
ここ淡路島に移住した時、小4だった娘はこの春、
高校生になりました。
あの時からもう6年も経ったなんて、信じられないな、、、
なんてしみじみするも、ってゆうか前のブログが年末とはどういうことなのか。
少年ジャンプとか言って、これでは週間でも、月刊でもなく、季刊やんか。ジャンプGIGAやんか。
この半年、怒涛のように過ぎて、なんだか記憶が曖昧です。
年が明けて、私立高校の入試、
一息つく暇もなく公立高校の入試がありました。
入試があって、中学校の卒業式、
緊張の合格発表、高校の制服採寸、
教科書購入、体操服、
上靴、体育館シューズ、グラウンドシューズ、
靴に鞄に、入学に必要なものの山にプリントの山。
やっと入学したと思っても、次はipadの購入やらなんやら、
毎日のお弁当に新しく始まる部活に、
私も娘も新しい生活のリズムに慣れること、
新しい生活に必要なものを揃えることに、
やっぱり時間がかかりました。
おかげさまで、娘は希望していた高校に入学できたのですが、
入学して1番驚いたことは、スマホが必須ということ。
授業にもスマホを使うということ。
スマホ禁止ではなく、むしろ活用する。
学校では“自分で考える“ということを大切にしていて、
スマホも自分で考えて使えるようになりなさいということみたいです。
かっこいい方針ですが、
なかなかタフな自立の促し方ですよね。
私みたいに意志力弱いと、授業中調べ物のふりして、違うこと調べそう。
まあそれしてたら、成績下がるのは、
分かってるよね、
ということなのかな。
前から聞いてはいたのですが、
クラスの生徒が全員スマホを持っていて、
授業でのクイズがスマホに送信されるとか、
プリントはQRコードを読むとか、
体育館集合遅れるなよー
とかのメッセージが送られるとか、
とにかく持っていること前提みたいで。
うちの娘はスマホは持っているけど、
SIMカードは入れてなくて、
家やfree wifi が入る場所だけで使うという使い方をしていました。
なので、入学したての頃、
娘は先生からwifiをテザリングしてもらっていたのですが、
ということは、
みんなスマホ持ってて、SIMカードも入ってるってこと?って聞いたら、
そうやでと娘。
え?あれ?こないだまで、
けっこう皆さんうちと同じようなスマホの持たせ方してたのでは???
と思ったけれど、
やはり高校を機にSIMカード入れる方がほとんどのようで、
SIMカードについては、ゆっくり話し合って決めようって言っていたのですが、
教室で1人、先生にテザリングしてもらう娘を想像すると
さすがにゆっくりというわけもいかず、急いでSIMカードを買いました。
というか、1ヶ月3Gのプランを契約しました。
SIMカード入れちゃうと、どこででもスマホ使えるから、
スマホ依存になりやすい気がして、慎重になりたかったんですよね。
容赦なく押し寄せる教育の場へのデジタルの活用。
時代です。
否定する気はないですが、同じ本を読むことでも、
紙で読むほうが、ページをめくる感触(本ごとに違う紙の感触)や音、文字を指でなぞったり、
目以外の感覚を使うから、より内容が脳に残るそうです。
そして、私はどうしても“いえでん“時代の
「〇〇ですけど、〇〇ちゃんいてますか」
「〇〇ですが、〇〇くんいっらしゃいますか」
ってゆうやりとりって、大事だった気がするのです。
電話する本人にとっても、電話を受ける家族にとっても。
本人には、電話をする練習や相手への配慮を考える練習になるし、
受ける側の家族もどんな友達がいるのかとか、
どんな彼女や彼氏がいるのかとか、なんとなく分かるし。
もうそんな時代に戻ることはないと分かっていても、
何か大切なものを置き去りにしてしまっている感が拭えない私は、
ノスタルジーなおばさんなのだと思います。
アナログもデジタルも使いようで、
時と場合によって良い方を選択すれば良いのだとは思います。
今、授業はほとんどiPadで、
課題も提出は“送信“です。
先生もプリントやノートの山を抱えず、
パソコン一個あれば、どこでも仕事ができるし、
失くす心配がないし、
特にテストの採点が、アプリでできるそうで誤採点もないし、
格段に先生の負担は減ると思うし、
先生の負担はもっと減らしてほしいと思います。
もちろん森林を守るためにも、紙は大切にすべき。
デジタルの便利さをおおいに利用すればいい。
私の仕事だって、インターネットがあったからこそ、うまくいったわけで。
けれど、際限なくインスタを見ている娘を見ていると、
必要ないのについスマホを触る自分を見ていると、
スマホの中毒性が怖くなることもあります。
サブスクの音楽配信で、手元にはない最新の音楽や、
懐かしの音楽が気軽に、膨大な量を聞けるのは良いです。
でもこないだ、久しぶりにアナログレコードの音を聞いて、
より人間味があるような気がするその音に、
その場にいる人の空気でDJが曲を選ぶライブ感に、
やっぱり良いよなあって思いました。
デジタルって、パワーあるから、飲まれやすいと思うのです。
気づけば、スマホさえあれば1人でも生きていけるほどのパワーがある。
でもそれじゃあロボットやん、
とか娘にぶーぶー言っていたら、
デジタルも使うけど、
授業、面白いでって娘が言いました。
今の子どもの方が、
よっぽどデジタルと上手く付き合ってるのかもしれない。
ハッとしたけれど、
加工ばかりのプリクラに、
違和感を覚えるのは私だけでしょうか。
友達と遊んでる時に、デートしてる時に、
みんなしてスマホ見てる姿に
違和感を覚えるのは、私だけでしょうか。
電車で周りをいっさい見ず、
ひたすらスマホを見ている姿に、
1車両を見回して、スマホを見ていないのは自分だけという状況に、
違和感を覚えるのは、私だけでしょうか。
デジタルは上手く使って、
やっぱりアナログの良さ、大切にしたいし、ちゃんと伝えたいとも思います。
ちなみに娘曰く、プリクラを撮るという行為自体は、
とてもアナログな行為らしく、
仲良くならないとプリクラは一緒に撮らないし、
「プリ撮ろう」と誘う
とか
あの密室に一緒に入る
とか
どの加工選ぶか話す
とか
写真をハサミでどう切り取るか
とか
そういう全てがアナログなお付き合いなのだとか。