自粛延長で思い出すこと|フランスで受けた東日本大震災の影響

ですよね。

やっぱり、自粛延長ですよね。

ため息は深呼吸のサイン|プラナーヤマなんて言いつつ、やっぱりため息が。

5月6日までと思ってたのだけど、甘かったか。

私、この春から新しいレッスン、いくつか増える予定だったんです。

5月からは、市のほうのレッスンも始まる予定だったのですが、それもやはり、いつ開催できるかわからないと連絡があって。

今年から、晴れて個人事業主になったところやったのになあ。

びっくりするくらい、順調にみえたのだけどなあ。

実はこんな感じで、人生の転機のような時、うまくいきかけてたことが、頓挫するの、2回目なんです。

今回のコロナショックでどうしても思い出すこと。

それは9年前。

フランス人と結婚していた私は、南フランスの大きな街、マルセイユの近くに住んでいました。

インドで出会った私たちは、年に何ヶ月かは旅ができる暮らしがしたくて、それをするには、自分達で起業するしかないと思っていました。

彼は、星つきシェフではないけれど、レストランで生まれ、育ったような人、私もお菓子は苦手だけど、現地の人に私の料理がなかなか評判で、

これは日本食レストランするしかないでしょうって思ってました。

(その時はまだセラピストでなかったし、ヨガを教えるには言葉の壁が分厚つすぎて)

寿司やBENTOなんかが、フランスで流行る前だったし、とりあえず、マーケットでBENTO売ってみようよって話してると、

彼が働いていたレストランのオーナーから、マルセイユで日本食レストランやってみないかって、声をかけてもらったんです。

場所も決まって、オーナーとのお金の話とかも決まって、

あとはがんばるだけ、これで毎年旅にでるのも夢じゃないって、シャンパンが開いたところでした。

忘れもしない、3月11日の朝。

ラジオを聞いていたら、いつもの穏やかなお姉さんの声が興奮気味に

「、、、フクシマ、、、、、、、カタストロフ、、、、、」

フクシマ、カタストロフ(ぐちゃぐちゃっていう意味)ってだけ聞きとれた。

雰囲気から何か大変なことが起こったのがわかった。

その後は、皆さんのご存知のとおり。

ただ、フランスの報道は、日本のものより、あおり方がひどくて、

今もまだ風評被害で苦しんでいる方には、申し訳ないのですが、

日本、そして日本の食べ物=汚染

みたいになって、

私自身、もう日本には帰れないかもと思ったほどでした。

そして、オーナーから、やっぱりレストランはできないって言われました。

東日本大震災も、コロナウィルスも、天災なのか、人災なのかよくわかりませんが、

私の人生に、自分ではどうしようもない理由となって立ちはだかるのです。

東日本大震災の時は、希望を失って、落胆から二人して自暴自棄みたいになって、結局離婚への道をたどることとなりました。

今回はどうなるのかな。

でも、あの時から今日まで、私も娘も元気に生きていて、あの時から一度も、眠るところがなかったり、明日の食べ物がないなんてことはなかった。

ありがたいことに、今まで生きてきて、一度もなかった。

それだけでも、奇跡だ。

だから大丈夫。

ヨガの教えに、ヤマ、ニヤマ(ヨガをめぐる旅のはじまり|ヤマ・ニヤマとは)という、私はアーサナ(ヨガのポーズ全般のこと)より大切だと思っている教えがあります。

その中のニヤマ、訓戒(やった方がいいこと)に

サントーシャ

満足

老子が言うところの知足

禅が言うところの、我唯知足(ワレ、タダ、タルヲシル)

という教えがあります。

私は今に満足している。

だから

大丈夫。

♯今はみんなで耐える時

♯ステイホーム

スポンサーリンク
最近のコメント
    最近のコメント

      シェアする

      • このエントリーをはてなブックマークに追加

      フォローする

      スポンサーリンク
      最近のコメント