私は25歳の時、リシケシュでヨガを学びはじめた。ケララのシバナンダアシュラムで少し手ほどきを受けたけど、ほとんどヨガについて、何も知らないも同然だった。
だから、偶然うわさに聞いて通い始めたクラスが、アイアンガーヨガ(IYENGER YOGA)だということも分からなかった。
スタジオにはブロックやベルトがあって、はじめ私は「???」って感じだったけど、それらを使って、いかに正しくポーズをとるかを教えていることが、わかるようになってきた。
体のどの部分に力を入れて、どこをどの方向にひっぱって、どの骨を動かす。
自分の体が完全なポーズをとれない時は、道具で補う。
若いインド人の先生のクラスは、すごくエネルギッシュで、いつも
「OPEN YOUR CHEST!」
「胸をひろげて!」
って声が響き渡っていた。
私はこのフレーズが大好きで、よく使います。
胸を広げてみてください。
もっと、
もっと、
もっと!
肩甲骨、どう動きました?
引き寄せられましたよね。
その時、おしりがつきでないように。
このクラスのおかげで、私はシルシャアサナ(頭立ちのポーズ)ができるようになって、私のアーサナ(ヨガのポーズ全般)は、めきめき上達していったが、本当にアーサナだけだった。私はチャクラも知らなければ、瞑想も知らなかった。
でも、アーサナの効果だったのか、「私、すごいヨガの練習してる!」と思いつつ、なんかこれだけじゃない気が日に日に増していった。
ある時、先生がナウリ(腹部の内臓をマッサージする行法、シャッカルマと言われる浄化法の一つ)を説明してくれて、私は、はっとした。
ヨガってポーズだけじゃない!
でもどうしたら、他のことも学べるのだろう。
リシケシュには本屋さんがたくさんあって、ヨガの本もたくさん売っていたけど、全部英語。
英語なあ、、、とつぶやく私に、そのクラスで知り合った日本人の友人が、「魂の科学って本がいいよ、それの実践編っていうのがあって、わかりやすいよ。その本を書いた人のアシュラムがほら、あそこ、川向こうのヨガニケタン、いいアシュラムだよ」って教えてくれた。
た、たましいの科学か、、、なんか、それ、怪しくない?
私の父は、自分の親が、とある宗教にのめり込んでいたため、宗教が大嫌いであった。
だから私は、小さい頃から、宗教が本当に人を救うなら、なぜ宗教の対立で戦争することがあるんだって聞かされて育ち、いつしか自分も、宗教チックな響きに嫌悪感を持つようになっていた。
たましい、、、ねえ、、。
その後、私は縁があって、フランスに渡り、シバナンダアシュラムで長年勉強されて、そこで出産、子育てまでした先生に教えてもらう機会に恵まれた。
その先生のレッスンは必ず最後に瞑想があって、目を閉じながら、先生の説法みたいな、今日の一言を聞く。
呼吸法から始まって、瞑想で終わる。同じアーサナのシークエンスを繰り返すことによって、自分の体の状態や、上達を知る。ルーティンみたいにアーサナが体に染み込んで、より集中が高まる。
私のクラスやセルフプラクティスでベースになっている、Sita先生の教え。
それから、私はまたインドに戻って、友人おすすめの、リシケシュ、ヨガニケタンへ向かった。
まだ魂の科学は読んでいなかった。
ヨガをめぐる旅のはじまり⑥|ヨガニケタンのシャッカルマクラス
に続く