
この記事は私がベジタリアンになった理由とやめた理由の続きです。
菜食になって5年、私は妊娠、出産を経験しました。
食生活が乱れていたり、お肉の食べ過ぎなどで胃腸が汚れているとつわりがひどいなんて聞いていた私は、つわりもなく、
動物性タンパク質の摂取が多いと、乳腺が詰まり、母乳が出ないと聞いていた私は、
産後3日間の入院で、ベジタリアンだけど卵は食べるというと、連日特大オムレツが食事に出され、見事に乳腺が腫れ始めましたが、食事を菜食に戻すと、乳腺の腫れも落ち着き、母乳は安定してたっぷり出たので、やっぱり菜食はすごいと思っていました。
けれど、フランスで出産をした私は、慣れない異国での育児にどんどん疲れていき、
精神的にも産後うつというやつなのか、ホルモンの変化からか、激しく気分が落ち込むことがよくありました。(その時にアロマテラピーとの出会いがあったのですが)
自分の元気のなさや、不安定な精神は、慣れない育児や環境のせいだけが原因だと当時は思っていました。
そのうち治るはず、、、と思いながら日々は過ぎていき、娘が1歳になっても、卒乳をしても、2歳になっても、3歳になっても、疲れたとしか言わない私は、前夫ともギスギスし始め、よく喧嘩をするようになっていました。
結果、離婚することになり、私は日本の実家で暮らすこととなりました。
娘はすでに4歳になっていて、保育園に行かなければならない、
保育園では給食が出る、
さすがに私は保育園の先生にうちの子は菜食なんです、
先生は鶏の羽、むしったことありますか?
家畜がどのような環境で過ごしているかご存知ですか?
ヘンゼルとグレーテルのように、食べられるためだけに育てられる動物、
檻の中で自由に動けない動物を可哀想だとは思いませんか?
などと聞けるはずなく、
娘は私の食べないものは食べないので、私は菜食を辞めることにしました。
給食が食べられるとは、なんとありがたいことか。
学校に行けない子どももいるのに、と。(学校に行く・行かない、そして行けないインドの子どもの話)
娘がきっかけではありましたが、同時期に出会った30年来菜食をしていた方が、
健康診断でビタミン12が異常に少ないことが判明し(菜食の方は不足することが多いそうです)、とうとう鶏肉を食べるようになったと聞いたところでもありました。
その話は、産後何年もずっと疲れが続いている私に、
「もしかして?私は栄養不足なのか?」という疑問を抱かせました。
妊娠中の時、血液検査で私は重度の鉄不足を指摘されました。
鉄剤を飲むように言われましたが、自然派思考の私は大丈夫、レンズ豆とひじき、ほうれん草いっぱい食べるからと、鉄剤を飲みませんでした。
これでもかっていうくらい、レンズ豆とひじき、ほうれん草を食べましたが、
次の血液検査で鉄の数値に変化はなく、
鉄剤は?と聞かれ、食事でどうにかしようとしましたが、、、と口籠る私に先生は、
出産をなめてるのか
ときつくおっしゃいました。
命がけなんだよ、と。
血が足りなくなると、どうなるかわかってるよね、と。
その後私は鉄剤を飲みました。
その時は鉄剤飲んだから、元気になったとかそんな実感はなかったんですが、
菜食をやめ、少しずつ肉も魚も食べ始めて私は、明らかに疲れがなくなって、元気になっていくのを感じました。
体に血がめぐり、力が湧く感覚。
離婚で心身ともにボロボロになっていた状態から、実家という温かい空間で少しずつ癒されいったこともあると思いますが。
その時、思い出したんです。
あれは娘の1歳の誕生日。
フランスでは家族の誕生日は親戚や友人を呼んでお祝いするのが恒例で、
娘の誕生日も私達親がホストとなり、おもてなしをします。
私達、元夫婦は菜食でしたが、親戚の皆さんは菜食でもなんでもないので、皆さんに喜んでもらうために、私はお肉を使った料理を作ることにしました。
甘辛い味がザ・日本食なので、つくねを作っている時です。
スーパーの精肉コーナーに立ち寄ることでさえ気持ち悪くなると思っていた私が、
つくねを焼いていると、口の中に大量のよだれが出てきたのです。
本当にすごい量のよだれが出てきて、
なんで??よだれ???
驚くとともに、
私、お肉食べたいって思ってるの?
うわ!気持ちわる!私、気持ちわる!
って、自分をひどく蔑みました。
が、今ならわかります。
妊娠、出産、母乳と、栄養を赤ちゃんにあげて、あげて、あげていた私の体は、動物性の栄養を必要としていたのだと。
ヴィーガンやベジタリアンで、出産しても元気な女性を私は何人も知っています。
ただ生まれた時からベジタリアンでなく、途中からベジタリアンになった方、特に女性、さらに特に出産した女性は、
もし元気がなかったり、神経質だったりするなら、動物性のもの、食べてみてもいいのではないかなと思います。
特にヨガしていると、お肉やお魚食べるなんてありえないってなりますし、
私もそう思っています。
なのでこれを書いている今も、菜食でないヨガインストラクターという自分に納得していない自分もいる、というのが正直なところです。(あくまで私が私自身に対して”だけ”思うことであり、他のインストラクターさんを非難する気持ちは微塵もないです)
でも、ヒマラヤの洞窟で過ごしているわけではなく、私達はこの現代社会で生きていて、
女性は月経がある間は、毎月血が体から出ていってしまいます。
お肉やお魚は、稲作が始まる前から私達が食してきた物でもあるので、それらを食べることは、実は自然で、人の体にとって必要なことなのかもしれない。
アヒムサ、不殺生・非暴力の教えを私は敬っています。
私の尊敬するインドの先生は女性で、菜食主義者ですが、めちゃくちゃパワフルで、世界中の人々に優しさを届けています。
でも私はその先生ではないし、あのボロボロ、クタクタの私では、何をする元気もなかった。
ボロボロ、クタクタのままの自分を放っておくことは、自分への暴力でもあるわけで。
私は可能な限り命を無駄にせず、大切に命を頂いて、私の血と肉になってもらい、この体で優しさを届けることができるように奮闘していて、今はこれでもいいのかなとも思っています。
「あなたはベジタリアン(菜食主義者)?」
ヨガしてたり、インドにいるとよくされるし、する質問です。
そこには動物を食する人への軽い軽蔑が含まれる場合があって。
そんな時、私の友人が答えました。
「I‘m flexitarian」
「私はフレキシタリアンです」って。
フレキシブル、柔軟思考主義者、とでも訳せばいいでしょうか。
なんか素敵だなってその時思って。
ヨガの教えとか、菜食主義とか、なんとか主義とか、そんなガチガチにならなくても、
お肉やお魚食べてても、自分に合わせて、体に必要なものを、
ありがたく、よく噛んで、自分の命にかえて、
その命を、
良いことに使えば良いのではないだろうかと、今は思っています。
自分を傷つけず、
必要以上に、命を傷つけ、奪わないようにしながら。

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